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Vol.3
東京五輪・新線再開発・公共投資!
城東エリアの魅力と資産価値

住宅コンサルタント/宅地建物取引主任者
野中 清志 のなか きよし

株式会社オフィス野中 代表取締役。大手不動産会社を経て2003年に東京・中野に株式会社オフィス野中を設立。ファミリーマンション、コンパクトマンション・ワンルームマンションともにユーザーサイドに立ったマンションの選択眼を持つ。マネー誌などへの執筆、全国でのセミナー講演など多方面で活躍中。難しい内容もわかりやすく伝える、ウィットに富んだ話しぶりと、データに基づいた正確な市場分析が特徴。著書に『「売れる」「貸せる」マンション購入法』『ワンルームマンション投資法』(ともに週刊住宅新聞社)などがある。
■所属団体:公益社団法人日本不動産学会・会員 / 日本不動産ジャーナリスト会議(JREA)・会員

東京城東エリアの人気が高まっています。城東エリアとは皇居の東側、墨田、江東、江戸川、葛飾、足立などの区があるエリアです。
東京オリンピックの競技場や選手村の集まる湾岸エリア、東京スカイツリーのある押上エリアなどが特に人気が高まっています。
地下鉄の延伸なども計画されている東京城東地区の魅力を探ってみます。

文化と歴史の街、城東エリア

江戸の発展と浅草

1600年、関ケ原の戦いで勝利した徳川家康は1603年に征夷大将軍となり江戸幕府を開きました。以降江戸から東京と名前が変わった今でも日本の中心となっています。

江戸城(今の皇居)を中心に武士の住居や商店などが発達してきました。今の「山の手」と言われるエリアには武家の住居などがあり、「下町」と呼ばれる日本橋、神田、深川などのエリアは商人の街として発展してきました。

江戸の東側に当たる「木場」は江戸の開発のための木材置き場となり、街が発展しました。
その北の「蔵前」は江戸で扱う米蔵があったため、多くの武士や商人たちが集まり、発展していきました。「両国」には多くの商店があったため、浅草寺の門前町である「浅草」に人が集まってきました。「浅草」には遊郭や芝居小屋なども集まり江戸文化の中心になっていきました。明治時代にはさらに繁華街として発展が続き、凌雲閣などが建てられました。

江戸時代から栄えた葛飾・柴又

葛飾区柴又は、柴又帝釈天の門前町として栄えてきました。1629年に開創され、以降多くの信者・参拝客でにぎわいました。近代でも夏目漱石の作品を始め多くの文芸作品に登場し、名所として名前が知られるようになりました。
その後は映画『男はつらいよ』シリーズで有名となり、人気スポットとなりました。

このように東京の城東エリアは古くから下町として多くの人が住み、発展してきた伝統のエリアなのです。

かつて城東エリアにも塔があった!?

東京の城東エリアといえば「東京スカイツリー」が有名ですが、実は明治時代にも、当時非常に高い塔がありました。場所は浅草で、建物の名前を凌雲閣(りょううんかく)と言い、12階建ての建物です。

名前の由来は「雲を凌ぐほど高い」ことからつけられていました。当時としていかに高層建築だったのかが分かります。昔から人が集まる地には高層タワーが建設されていたのですね。

1890年(明治23年)11月に建設されたのですが、残念なことに大正時代の関東大震災で破損、解体されました。

出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

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